023.世界平和は笑う
人が行き交う街中で、一人の老人が倒れた。みすぼらしい恰好の、見るからに貧しい老人であった。
022.名探偵は食べる
人は禁忌を犯すとき、何を考えるだろうか。
021.完全犯罪アパート
この世の快楽という快楽を、全て味わい尽した。
020.MOMIGE
紅葉狩りの季節だ。
MONSTER MILLION GENE、通称紅葉(MOMIGE)、秋の京都に突如として出現した、謎の生命体たちだ。
全身が赤い個体と黄色い個体がおり、そいつらの主食は人間だ。なぜそいつらが秋の京都に出現し、そして秋の京都でしか生きられないのは分からない。
しかし紅葉をこのまま放っておくわけにはいかない。俺たち紅葉ハンターは今年の秋も紅葉を狩っていく。
「しかし、なんだってこいつらは人を喰うんだ」
五体目の紅葉を狩ったとき、チームメイトのヤマグチがぼやく。
「京都には人よりも美味いもんがゴロゴロあんだろうが」
「例えば?」
「そうだな、生八つ橋とか、京野菜とか色々……な?」
「な? って言われても知らねえよ。俺、京都詳しくねーもん。今ここが京都のなんていう所なのかも分かんねえし」
京都ってのは、複雑な気がする。古い建物とか道とかが絡み合って、まるで迷宮、のようなイメージがあるのだ。俺は京都が恐ろしい。
そんな京都に紅葉なんていう化け物まで現れたのだ。俺にとってはもう京都は魔境だ。
「しっかしよぉ、紅葉の奴ら、妙に京都を敬ってるっていうか、崇拝してるっていうか、そんな気がしないか?」
頭の悪いヤマグチでも気付けるくらい、確かに紅葉たちは京都を大事にしている印象がある。
大事にしている、という言葉も化け物に対して使うのは変な気がするが、紅葉たちはむしろ、京都を守っているように思える節があるのだ。
まるで、聖域に踏み込む侵略者たちを排除しているような。
巡回区域を回っていると、道の向こうから一人の舞妓がやってくる。
「ヤマグチ、舞妓が来た。気を付けろ」
「おうよ」
俺とヤマグチは対京都ライフルを構えて、やってくる舞妓に警戒する。
「そないなもん向けんとくれやす」
白粉を塗った、典型的な舞妓が、俺達の横を音も無く通り過ぎていく。
舞妓、紅葉たちと共存する唯一の民族。
「ったく、気味が悪いぜ、ここは」
舞妓とは一応、友好関係にはあるらしいのだが、風の噂で紅葉ハンターが舞妓に殺されたというのを聞いたことがある。
「噂によりと昔は、紅葉、舞妓以外にも秋の京都にはSYU=GAKURYOKOUとかいう奴らがウジャウジャいたらしいぜ」
京都の歴史と情報は、紅葉の出現により、封印されてしまっている。ヤマグチの噂も信用ならない。
紅葉研究者達の研究により、どうやら紅葉たちはある一ヶ所を守っているとのことだ。
俺とヤマグチは、何十体という紅葉たちを殺しながら、なんとかその一ヶ所にたどり着く。
そこには、紅葉があった。
化け物のMOMIGEじゃない、本物の、紅葉だ。
空一杯に広がる血のように赤い紅葉。
「紅葉、いやMOMIGEたちはこれを守っていたのか……」
百万枚はある、紅葉の葉っぱ。
「美しい……」
そこには、百万枚の紅葉があった。
「アカシャの葉……」一体のMOMIGEが呟いた。
019.呪われた文字
隔離されていったいどれだけの時間が流れたのか。分からない。このシェルターには時計どころか窓すら付いてない、時間間隔はとっくの昔に狂わされている。
018.快適
「中は快適だよ」
365日、24時間、永久的に快適がプレゼントしてくれる快適環境保持システムが各家庭に導入されてからもう30年以上も経つらしい。僕たちは家に出る必要はほとんどなく、椅子に座りながら必要最低限の栄養を与えられ、また必要最低限の運動を義務付けられている。
ノルマの運動プログラムを消化するために、ランニング・マシンの全周囲モニターに表示される2000年代の東京千代田区、皇居周辺の流れる風景を無心で見つめながら、ひたすら走り、額から落ちる汗を手の甲で拭いつつ、姉、キョウコの言葉を聞いた。
「いつだって中は快適なの」
キョウコの言葉は、僕の空っぽな頭の中へ滑り込むように割って入って、ひんやりと背筋を凍らせた。その冷たさを例えるなら、そう、昔の言葉を借りるならば「不意打ちを食らう」というやつだ。意識していないところからの刺激。
そしてたった今生じたこのわずかなストレスを、僕の身体隅々をパトロールしているナノマシンが感知し、それが快適環境保持システムへ伝達、即座に精神安定音楽が骨伝導スピーカーから、リラックスアロマが空気環境調整機から、流れ出す。
「快適、うん、快適だよね。でも快適っていう言葉を僕たちは習っただけで実感なんてしたことないよね。昔の人たちが不快適であったことがあるから、快適っていう言葉があるだけでさ、常に快適の僕らには必要のない言葉だよ」
快適という言葉は僕らの日常を指す言葉だ。だからキョウコの「中は快適だよ」は、僕には一瞬理解できなかった。「中はいつもと同じだね」って意味だから。それは当然のことだ。
「ねえ、エンタロウ、知ってる? 昔はね、快適環境保持システムが私たちを包み込むよりも前の昔はね、四季っていうのがあったらしいのよ」
「四季?」
ネットワークへ接続、データベースへアクセス、検索を開始、キーワード”四季”、ヒット。穏やかな日差しが差し込む木々の風景を映す僕の視界に、検索結果の表示が割り込む。
春、夏、秋、冬。外部の環境変化であり、それは地球や太陽の自転、公転の影響により生じる。
「ふぅん、四季ね。365日に4回も温度が大きく変化するなんて、忙しないな」
「エンタロウ、すぐ検索するのやめてよ」
キョウコの言葉の温度と圧が、さっきよりもより冷たく、そして強くなる。
「気味が悪くなるのよ」
「どうしてだよ、こんなの生まれたときから当たり前のことだろ」
「当たり前のことだからよ!」
ガン、と鈍く大きな音がランニング・ルームに響いた。ガァンガァンガァンガァン……モニターの一部分にキョウコの拳が叩きつけらたのだ。モニターには傷一つ付いてない、人の力で家は壊れない。
「おかしいよキョウコ、何言ってるんだよ」
「私、本で読んだのよ。昔は四季があって、寒くなったり暑くなったりするのが当たり前の世界で、それでも人は快適と不快適の間を何度も行き来して、笑いあっていたって。でも今はどう? 今の世界は? 何もない、快適な温度と湿度が保たれていて、私たちは何も考える必要はないの」
検索を開始、キーワード”本”、ヒット。
木を加工して作られた紙という記録メディアを用いて作成された情報メディア。電子情報メディアが一般化された現在では作成されておらず、現存数も少ない。
「本って、またそんなのどこで手に入れたのさ」
「どこだって良いじゃない、システムが与えてくれるのは、私たちにとって都合の良い、考えなくてもいい情報だけ、私たちは何の疑問も持たず、そして持たせてくれないのよ」
キョウコのパーソナルデータが僕の視界に割り込んでくる、メンタル状態:危険。鎮静物質投与。
「この快適が、何をしてくれるのよ! 私たちを閉じ込めて、四季、変化を奪って! ただ生まれて死んでいくだけなのよ! あなたは何も感じないのエンタロウ!」
キョウコは長く黒い髪を振り乱して、ランニング・マシンの上で走る僕に近づいてくる。僕を覗き込む彼女の瞳は大きくて、そして不気味に輝いている。鎮静物質が効いていない。
「キョウコ姉さん、落ち着けよ。深呼吸して、アロマ・ルームに入って少し休みなって」
「私はあなたの姉でも何でもないのよ! 家族というコミュニティが私たちのメンタル安定に必要と判断したシステムが勝手に、ランダムに形成した偽物じゃない! どれもこれも偽物よ! 私は、暑さを感じたいの! 寒さを感じたいの! 雪、そう真っ白で綺麗で眩しい雪を見たいわ。今、外は冬、っていう季節らしいわ。昔の、私たちの年代はね、学校っていうところに集まって学習していたらしいわ。でも、冬には、冬休みっていう、長期的な休暇が与えられたのよ。冬を楽しむためにね。昔の人たちは冬を楽しめたのね、羨ましい、すっごく羨ましい。冬を感じて愛せたなんて……」
キョウコの眼は虚ろになっていく、声も小さく篭っていく。倒れつつあるキョウコの身体を、僕はランニング・マシンの動作を停止させて、抱きかかえるようにして支える。
「出してよ、ここから……お願い」
「今さら僕たちが外で暮らせるものかよ」
ゆっくりと呼吸するキョウコの寝息が僕の耳元をくすぐる。
「中は快適だよね」
そう、中は快適だ。