026.英雄論

 科学技術が進歩した現在でも、人々は求め続けている。

 何を求めているのか。それは、英雄だ。圧倒的な力を持ち、人々を助け導く存在だ。
 どんなに生活が便利で豊かになったとしても、人々は英雄を求めて止まないのだ。
 英雄が出現しない限り、人々の飢えは満たされない。
 透明なゼリー状をした人工子宮の中で胎動する裸の青年を、オキーナ博士は愉悦に浸りながら眺めていた。
「おお……もうすぐ、もうすぐ産まれるぞ!」
 裸の青年は、眠りから覚めるようにゆっくりと目を開いた。
 次の瞬間、裸の青年は人工子宮を突き破った。培養液が辺りに飛び散り、博士の白衣を濡らした。
 しかし博士はそれを気にも留めず、さらに食い入るように裸の青年を見つめている。
「ぼ、ぼくを産んでくれて、ありがとう、ございます博士」
 産まれたばかりの青年は、突き破った人工子宮から這い出て、ふらふらと危なげに立ち上がりながら、そう言葉を発した。
「ふふ、ふはははは! 成功だ! やったぞ! ついに英雄を作り出すことができた!」
 博士は狂気に歪んだ顔で笑い声をあげながら、実験室を走り回った。
「危ないですよ博士」
 騒ぎを聞きつけたのか、別の青年がやってきて博士を止めた。
「黙れ失敗作が! こうして本物の英雄が誕生したからには、お前は用無しだ!」
 そう、この青年は同じく英雄として作られたのだが、失敗作であった。力も知識も常人離れしているはずなのだが、顔は醜く心は臆病であった。そのことが博士には気に入らなかった。
「そう責めてやらないでください博士。こうして本物の英雄である私が誕生しためでたい日なのですから」
「ふむ、それもそうだな。ははは! 盛大に祝おうじゃないか!」
 こうして今日誕生した青年はエイと名付けられ、そして今まで名前のなかった英雄の出来損ないである青年にはユウと名付けられた。
 博士はエイを、人々の英雄として送り出し、ユウを役立たずと罵りながら追い出した。
 
 エイは美しい顔立ちをしていた。そのため人々にはすぐ受け入れられ、人気者となった。またエイは優れた知能を持っていたため、様々な事件や争いごとを解決していった。
 だが人に頼られ続けるうちに、エイは「人々とはなんと醜く愚かで無能なものであろうか」と思い始めた。
 その思いは時が経つにつれどんどん大きくなり、そしてついにはエイを失望と怒りに追いやった。
「貴様らのような奴らがいるから、世界は平和にならないのだ」
 エイは剣をとり、次々と人を殺していった。そうして世界をエイの暴力と恐怖で支配した。
 それを知ったユウは悲しみにくれた。いわばエイは自分の弟のような存在だからだ。
 それまで浮浪者のように暮らしていたユウは、エイによって殺された遺体から剣をもらい、それを携えてエイの元へと向かった。
「エイよ、お前は間違っているぞ。このようなことをしては、お前は英雄ではない」
「黙れ出来損ないが。貴様も葬ってやる」
 長く荒々しい戦いが続いた。お互い深く傷つきながらも、なんとユウが勝利をおさめた。そしてエイは死んだ。
「英雄だ! あなたは我々にとっての英雄だ!」
 出来損ないであるはずのユウが、こうして英雄と崇められたのだ。
 こうして、二人の英雄として産まれた青年が、一人は鬼に、そしてもう一人は英雄となった。
 なぜユウは産まれてすぐに英雄とならなかったのか。それは英雄となるには鬼が必要であったからだろう。
 しかし鬼とは何かと考えると、それは英雄と同じように常人離れした存在であると言えるだろう。つまり本質的には英雄と同じなのだ。
 鬼と英雄はどちらも存在してこそお互い存在しえる。そして、鬼と英雄は紙一重である……。
 英雄となったユウは、初めて人々に受け入れられ喜んだ。しかしその先に待っているのは……おそらく拒絶であろう。
 なぜなら、鬼であるエイはもう死んでしまったのだから。
 英雄は鬼がいなければ、英雄もまた人々にとって鬼と同じ存在なのだ。