028.少女は変態

「大人になんかなりたくないわ」

 丸みを帯びながらも、どことなく大人っぽさを漂わせた少女がそう呟いた。
「だって、大人になるって、醜くなることでしょ?」
 はぁ、と憂鬱そうに溜息を吐く少女のそばには、少女と同じくらいの年齢の男の子がいた。
「そうなのかな」
「そうよ。絶対そう。どうして大人って、あんなに醜くて生きていられるのかしら」
 気まずそうに男の子は答える。
「でも、その大人たちがぼくたちを産んでくれたんだよ」
「だから何だって言うのよ。別に産んでくれと頼んだわけじゃないわ。醜くなることが運命づけられているのなら、産まれなかったほうがマシよ」
 食い気味に少女は男の子に近づき、そう言い放った。全てを憎んでいるような、強く黒い語気であった。
「……でも、だからと言って、死にたくなんかないわ」
 一転、今度は辛く悲しそうに少女は呟いた。
「死んじゃったら、それこそ醜いもの」
 少女は生きたくも、死にたくもなかったのだ。その複雑な心は、男の子には理解し辛いものであった。
「ねえ、あなたは、わたしのこと、好き?」
「……うん、好きだよ」
 男の子は少し悩んで、そう答えた。好きという言葉。男の子にとっては恥ずかしいものであったが、正直な気持ちでもあったのだ。男の子は照れを隠すように視線を天に逸らした。
「わたしも好き。あなたが好き」
 少女は力強く言った。
「大好きよ。愛してる」
「ぼくもだよ。愛してる」
 しばらく沈黙が少女と男の子の間で流れた。
「でも、大人になると、愛してるがなくなるの」
 沈黙を破ったのは少女であった。
「なくなる……」
「そう、なくなる。大人になるとね、愛してる、が性欲に変わっちゃうの。子どもを作って産むための道具になっちゃう。それって、とっても醜いことじゃない?」
 男の子は答えなかった。
 少女は、答えない男の子を軽蔑するような鋭い目で睨んだ。
「あなたも、もう醜い大人の仲間入りってわけね」
「ち、ちがうよ……ただ、好きな人と結婚して、子どもも産まれてって、そういう幸せもあるんじゃないかなって。それは醜いことじゃないと思うんだ」
 少女はまた溜息を吐いた。
「それは、大人たちが植えつけた、幻想でしかないの。わたしたちは、今が一番美しいのよ……」
 少女は身体を丸めた。まるで殻に閉じこもるように。
「ぼくは、きみの味方だよ」
「味方なら、一緒に来てくれる?」
 少女は遠くを見ながら言った。
「来てくれるって、どこへ?」
「どこでもないどこかへよ。とにかく、ここにはもういたくないの」
「……うん、ぼくも行くよ」
 少女と男の子は、そのまま何も言葉を交わさずに当てもなく泳ぎ始めた。尾びれをくねらせ、必死に、何かから逃げるようにして。
 だがここは小さな池の中。どこかへ行けるはずもなかった。
 少女の後ろ脚が、生えかかっていた。