013.死神の誕生日

 消灯後の病室、その暗闇の中にそいつは浮かび上がった。
「どうもこんばんは」
 と、まるで友人の家を訪ねたかのように、そいつは普通に挨拶をしてきた。
 まず消灯後の病室に訪ねてくるという時点でおかしいことだが、それよりもおかしいのが、訪ねてきたそいつの恰好である。
 コテコテの、一昔前の映画やアニメ、マンガなどに出てくるような魔法使いが着ている、黒いローブを羽織っている。
 だがそのことすらも気にならなくなるくらいおかしいことがある。
 黒いローブを羽織っているそいつの顔が、真っ白い骸骨であることだ。
 俺はこれを夢だと思い、瞼を閉じようとする。
「ちょっとちょっと、寝ないでくださいよ」
 と骸骨は寝ている俺の肩を掴み、揺さぶる。感触から、骸骨の手が骨であることが分かる。
「なんだ、夢のくせに俺が眠るのを邪魔するっていうのか。それとも何か? お前は死神か何かか?」
「お、そうですそうです、あたしは死神です」
 と、死神を自称する骸骨はカタカタと骨を鳴らしながら笑った。まるで冗談でも言われたみたいに笑っている。
 俺は身体を起こし、そいつの方へ向き直る。
「死神、ね……」
 正直、驚きなんてなかった。いや、さすがにこんなコテコテの死神が来るなんて驚いたが、つまり俺が死ぬっていうこと自体には、やっぱりね、という諦めのような思いがあった。
 俺はここ一年、ずっと病院に入院しているのだ。
「俺は死ぬのか」
「はい、死にます」
 随分とあっさり言ってくれるな、と笑いたくなるが、それよりも先に死神が骨の手で顔を覆い、「ううううぅぅぅ……」と唸るので、笑いが引っ込んでしまった。
「何してるんだ?」突然のことに思わず聞いてしまう。
「いえ、あたしね、今日誕生日なんですよ。2034歳になる誕生日。なのに、もうすぐ日付が変わるっていうのに、仕事、それもあなたの命を終わらせる仕事だなんて、あんまりだとは思いません?」
 死神に誕生日なんてあったのか、と言おうかとも思ったが、やめた。どうやらこいつは感情表現豊かな奴で、なんだか悪い奴だとも思えなかったからだ。
「それは、大変だな。どの仕事も、今は不景気だしな」
「そう、不景気なんですよ。ここ最近、人間たちの寿命が延びに延びてなかなか死なないし、お陰様でこっちは商売あがったりなんですから」
 商売なのか死神って。一体、どのようなシステムで儲けが生まれるのか気になったが、俺には関係なかった。なぜなら俺はもうすぐ死ぬからだ。
「ほら見てくださいよ」と死神がどこから出したのか、真っ白いバースデーケーキを両手に抱えている。
「今日、祝うために買ったんですよ。自分で」
「自分でって、寂しい奴だな」
「……誰も、祝ってくれなくて」
「すまん」
 死神が抱えるバースデーケーキに突き刺さった一本の太くて長い蝋燭に灯っている火が、カーテンで仕切られた俺のベッド周りをオレンジ色に照らしている。
「俺が祝ってやるよ」
「え、いいんですか? これから死ぬのに」
「どうせ死ぬんなら、誰かを祝いながら死にたいよ」
「ありがとうございます!」
 それから俺は、小声でハッピバースデトゥユーを歌ってやる。なんだか、人生の最後に面白い思い出が出来て、嬉しかった。もし天国とか地獄があるのなら、先に逝っている奴らに自慢してやろう。俺は死神の誕生日を祝ってやったんだぜ、と。
「お礼に、あなた、あたしのバースデーケーキの蝋燭、吹き消してくださいよ」
「おいおい、普通は主役のお前が吹き消すもんだろ?」
「でも、あなたの死亡日でもあるんですから」
 そう言われると、無性に目の前の蝋燭の火を吹き消したくなった。
 俺は肺いっぱいに空気を吸い込む。そして一気に吐き出そうとした瞬間。
「おやすみなさい」
 死神は確かにそう言った。
 蝋燭の火が消えた瞬間、俺の意識は薄れていき、最後には消える。
 
「今までのやり方じゃ、商売あがったりなんでね。まだ寿命がある人の命を持っていかなきゃ、利益、出ないんですよ」