008.日光プロのパクリ

 世界はいつだって突然に変わる。予兆も予言もない。それは一瞬で、何の原因もいらない。何の結果もいらない。あるのは変化だけだ。

 あるアニメを観たものが言った。
「これは日光プロのパクリだ」と。
 あるマンガを読んだものが言った。
「これは日光プロのパクリだ」と。
 ある音楽を聴いたものが言った。
「これは日光プロのパクリだ」と。
 日光プロ、その言葉が爆発的に広まっていった。そして全ての物語を扱うものたちがその日光プロに飲み込まれていった。
 物語を創る人間たちが日光プロによって駆逐されていく。
 日光プロ、それは誰かによって創られた物語なのか、それとも物語を創る組織なのか、驚くべきことに誰も知らない。いや、知ることができない。物語は日光プロにより支配され、一つに統一された。
 
「坂井がやられたよ」
 野東は声を低くして、周りに聞こえないようにして言った。
「日光プロのエージェントだ。アンダーグラウンドネットに流していた小説が、誰かに密告されたらしい」
 坂井、彼の小説は素晴らしかった。エンターテイメントよりではあるが、巧妙に張られた伏線と、それを回収するときの疾走感、そして読んだものに開放感と爽快感を与えてくれた。彼の小説を読み終えたとき、世界が少し違って見えたくらいだ。
「もう彼の小説は読めないのか」
 私も野東と同じように声を潜めて言った。大衆酒場の騒がしさが周囲の壁となっている。私たち、密かに物語を創るものたちはこうやって密会を開くことが慣例となっていた。
「嫌になるぜ。日光プロの創るクソみてえな物語、坂井の物語にゃ全然及ばねえってのによ」
「それで、坂井は今どうなっている?」
 野東は、へっ、と短く笑い、安い発泡酒が注がれたグラスを一気に傾け飲み干す。
「分かってるくせに。更生施設行きだよあいつぁ。戻ってきたときには日光プロのクソみたいな物語しか受け入れられない、創ることができない、金太郎飴だ」
 野東は、日光プロに従うものたちのことを金太郎飴と呼んでいた。彼なりの隠語であった。どこを切っても見えるのは同じ模様。それくらいつまらない人間、という意味らしい。
「お前も気を付けろよ、今、アンダーグラウンドネットも監視の目が厳しい。少し派手にやるだけですぐ家に日光プロの連中がやってくる」
 ああ、と短く返事をし、私も発泡酒を一気に飲み干す。口の中に生臭さが広がり、胃の中が強い炭酸で荒らされていく感覚。不味いが、アルコールを摂取せずにはいられない。
「つっても、お前の場合は物語を創るという至高の行為のために、物語を創っているわけじゃないんだっけか」
「ああ、私は日光プロという存在自体に興味があるんだ」
 どうして日光プロがここまで力を持つことができたのか、私はそれが気になって仕方がなかった。もちろん物語を創ることも好きだったが、隠されたものが、私の好奇心をくすぐるのだ。この考えが、日光プロに疑問を持ってはならない、という決まりに反しているため、私は日光プロに反逆するものとして活動している。
「まあお互い、捕まらねえように気を付けようぜ」
「そうだな、捕まっては物語も創れない」
 私と野東は新しい発泡酒を注文し、乾杯をした。それが野東との最後の夜だった。
 
 まず私の仮説を言おう。日光プロの存在と目的についてだ。
 日光プロは何を望んでいるのか、反するものである私たちの中でも何度か話題となり議論も交わしたが、それらしい結論が出ることはなかった。しかし最近になって私は、日光プロの目的が何なのか、分かった気がするのである。
 日光プロは神になろうとしている。それが私が出した結論だ。すべての物語のルーツを自分のものとし、そしてこれからも創り続けられる物語もまた自分としている、つまり過去と現在と未来を日光プロとしているのだ。全てを統べる存在、神としての日光プロ。
 問題は神となろうとしている日光プロ、その物語の存在だ。神になろうという物語を読み、また自由に扱えるとしたら、それもまた神と言えるのではないだろうか。日光プロを通じて神となる、それが日光プロを創りあげた人間の目的だ。
 そして今、私は日光プロが保管されている場所に来ていた。
 きっかけは、野東が捕まったことだ。彼は捕まる直前、私に連絡をくれた。これから日光プロが来る、念のためお前もどこかに身を潜めろ、と。
 だが私は逃げなかった。逆に、野東のところへと行った。彼が連れて行かれる更生施設の場所を突き止めるためだ。私は野東と日光プロの後を追った。そうして辿り着いた更生施設に潜入し、現在に至っている。
「ここに、日光プロが……」
 思わず呟いていた。おそらく日光プロが収められているであろう大きな石棺、ゴシック調の装飾が施された内装、眩しいほど付けられた大量の照明。神々しさを感じぜざるをえなかった。
「その通り、ここには日光プロがあるのだよ」
 私の呟きに応えるように、後ろから声がした。
「きみは確か、そう川有くんだったね。きみの書くディストピアを扱った物語たちは、どれも面白い」
 スーツを着た男が立っていた。背が高く細身で、清潔感のある、若い男だ。
「そういうあなたはもしかして、日光プロの作者かな?」
「ああ、私は日光プロの作者、名を日光という」
 日光、彼が神となろうとしている人間だろう。日光は笑いながら、私に語りかけてくる。
「どうだい、この壮大な場所は。素晴らしいだろう。これも日光プロが与えてくれる物語だ。従いたくなるだろう? 崇拝したくなるだろう? さあきみも崇めたまえよ、この偉大なる神、日光プロを」
 演技がかった口調であった。どこか、不安を隠しているようでもあった。
「ははは、何を焦っているんだ、日光氏。まるで私が日光プロを崇拝しないとおかしいと言わんばかりじゃないか」
 私は石棺に駆け寄り、重い蓋に手をかけ、開く。
 そこには、何も収められていなかった。一冊の本も、一枚の絵も、一つの音も。
「神はいない」
 そう神はいなかったのだ。神となる物語を創ることができる人間など、存在することはできないのだ。
「神の不在を暴いて、お前は何がしたいのだ!」
 日光氏は唸るように怒鳴った。私のしたいことは決まっている。
 私は、神が収まるべき石棺に、私が書いた物語、一冊の本を放り込んだ。
 瞬間、世界が変わっていく。日光プロは私の物語へと塗り替えられる。私は神となった。そして、私は消えた。
 
「ああ、こいつの物語も駄目だったか。人は神を見ることなどできない、やはりこれは変わらないことなのかもしれないな」
 日光は、誰もいなくなった部屋を、どこか寂しそうに出ていった。