007.絶対人形少女

 一人の少女の話をしよう。

 誰も知らない、孤独で永遠のものとなった彼女のことを。
 彼女の名前はロザミリオン・リアス、俺は彼女のことをロザミーと呼んでいた。
 
「わたし、あなたの人形になろうと思うの」
 突然俺の部屋に入ってくるなり、ロザミーは口元に穏やかな微笑みを見せながら言った。
 俺はその言葉の意味が理解できなかった。
「何を、言っているんだロザミー。やめてくれ、きみまで人形の話をするのは」
 人形、それは人が作る人の形をした物のことを言っているのではなかった。
 俺が作る、人を人の形のまま永遠に保つ技術、そしてそれから作られる存在。
 俺の仕事は人形師、それも少女専門だ。依頼され、少女の身体の時間を止める。すると少女は一切の全てを認識できなくなる、俺たちも少女に何の干渉もできなくなる。永遠にして永久の存在、美の塊となる少女人形。俺は彼女たちを依頼主に引き渡して金を得る。
 まるで覚めない悪夢を見続けているようだ。多くの少女たちを人形にしてきた俺は、今更ながらこの人形師という仕事に恐ろしさを抱き始めていた。
「もう人形は作らない」
 俺は喉につっかえた重い空気を無理やり押し出すように、言葉を出した。辛い。ここ最近ろくに眠れていない。眠ろうとすると、彼女たちがやってきて俺の意識を持って行ってしまいそうな、地獄に引きずり込まれるような、漠然とした恐怖が逃れようもなく襲ってくる。
「これはそう、悪魔の仕事だよ。人間のしていいことではないんだ」
「あら、わたしはあなたの作った人形たち、好きよ。特に、お父さまの部屋に飾られている人形、とっても綺麗だわ」
 そっと、ロザミーはベッドに座る俺の隣に腰かけて、肩に手を触れさせた。彼女の細く長い指の感触、ひどく冷たかった。
「あれはきみのお姉さんの人形だろう」
 ロザミーととても良く似た少女だった。柔らかくしなやかな指、そう、ロザミーそっくりの指。それが人形となり、固く動かなくなったのだ。
「ええ、そうでしたわね。お姉さまも喜んでらしてよ」
「喜んでいるわけがないだろう!」
 ロザミーも見たはずだ、あの惨状を。泣き叫び、暴れる彼女を縛り付け、感覚を奪い、次第に反応が消えていき、最後には動かなくなったあの恐ろしい作業を。
「俺が人形にしていった彼女たちは、皆望んで人形になったわけじゃない。悪趣味な金持ちたちが持つ醜い欲望を満たすために、返せなくなった家族の借金を返すために、人形にさせられたんだ」
 生きているにも関わらず、動きを止められた彼女たち。その意識が、心が、今どうしているのか、どうなっているのか、誰にも分らないのだ。だが、人形を作っている俺には分かる気がする、彼女たちの心は今も俺の周りを漂い、罵っている。悪魔と、鬼と。
「それでも、わたしはあなたの人形になりたいの」
 ふわり、と柔らかな風が吹いたように軽く、柔らかく、ロザミーの唇が俺の唇に触れる。
「わたしを、どうかお姉さまのように」
 恥ずかしそうに、だが明確な意思を持って、ロザミーは俺に微笑みかけた。彼女の父から正式に依頼の書が届いたのは、数日後のことだった。
 
「親愛なるマルス・エートロ。あなたがこの手紙を読んでいるとき、わたしはもうすでにあなたの人形となって、あなたのすぐそばで、永遠の微笑みを向けていることでしょう。わたしがあなたの人形になりたいと告げた時、あなたはとても驚いて、そして悲しんでおりましたね。そのことについては、申し訳なく思っております。けれどもわたしは、あなたの人形になれると決まった時、とても嬉しかった。喜びのあまり、涙が溢れて止まらなかった。マルス、そのことどうかあなたに知っておいてほしかった。それともう一つ、あなたに知ってもらいたいことがあるの。それはわたしのお姉さまのこと。あなたは、お姉さまは人形になることを拒んでいた、と言っていたけれど、本当は違うの。お姉さまは酷く嘘つきで、狡賢いから。お姉さまはね、あなたのことが好きだったの。好きだったから、ああやって人形になることを嫌がる振りをしたの。本当は嬉しかったくせに。そうすることで、あなたの心に永遠に残ろうとしたのね。だけど残念なことに、あなたのことを愛している人はもう一人いたの。そう、わたしのこと。愛しているわマルス、どうかわたしのことを永遠に忘れないでいてね。そしてあなたのそばにわたしの人形を、永久に置いてね。いついかなる時も、あなたの心の中にわたしがいますように。あなたが悩まされているという、醜い人形たちの魂の幻影ではなく、わたしを常に思っていて。愛しているわ、マルス
 俺は手紙を読み終え、ロザミーの顔を見る。もう二度と動くことはない彼女の表情は穏やかで、今にも話しかけてきそうであった。ロザミーの言ったことは本当だったのか、嘘だったのか、今では知る由もない。だが彼女の望みは叶っただろう、こうして俺の心にロザミーは傷のように深く刻まれたのだから。