004.ご飯ガチ勢

 美味しいご飯大好き! ってそれは当然皆そうだ。誰だって不味いご飯は嫌いだし、美味いご飯は好きだ。美味いご飯を食えば幸せになるし、満足だってするだろう。そして感謝する。何に? 美味いものを作った者にか? じゃあ作った者ってのは誰だ? そう、神だ。神は美味いという概念を通して俺たちにその存在を証明しているのだ。

 神はいる、美味いご飯の中に。旧約聖書のマナ、キリストのパン、仏陀の乳粥。既存の宗教だってそのことを物語っている。
 これはもっとも身近な真実、真理だ。
 だが愚かな連中はこの分かりやすい真理に辿り着くことができていない。俺たちは違う、俺たちは神に祈り、感謝し、美味いご飯を今日も食らう。そして仲間たちにも祈る、美味いご飯と共にあらんことを。
 俺たちはご飯ガチ勢、ご飯原理主義教団。
 
 生まれて初めて美味いと思ったご飯は何だろう。分からない。幼い頃の記憶なんて二十歳を過ぎると曖昧になっていて、いくら思い出そうとしても思い出せない。
「ゴーガッチ・シッタタ、何をお悩みになられているのです」
 信者の一人がそう聞いてくる。
「無論、ご飯のことだ」
 俺はそいつに、「生まれて初めて美味いと思ったご飯は何か」と聞いてみる。だが無意味だった。そいつも覚えていない。クソ、この疑問を解くことができれば、俺はもう一つ上に、神に近づける気がするのに。
 しかし悩んでばかりいても仕方がない、何はともあれご飯だ。ご飯を食う。
 今日の昼飯は、猪肉のステーキ、信者の中にいる猟師が仕留めてきたものだ。肉は厚くも柔らかく、脂は豚よりも少ないがしっかりとした風味を持っている。シンプルに塩と胡椒で下ごしらえだけしてそのまま焼いただけ。一口噛みつくとじゅんわり肉の旨みが口の中に広がって、それが消えないうちに炊きたてほかほかの白米を続けてかきこむ。
 美味い。最高だ。以前動物愛護団体が攻め込んできて俺たちの肉食を罵ったが、そいつら全員まとめて捕えて数週間の断食後にこの肉を出してやったら、泣きながら喜び、ありがとうございますありがとうございますと呟きながら食った。ご飯はやはり最強なのだ。
 ご飯を食べ終えて俺はまた違うことを考える。人間の三大欲求について。
 睡眠欲、食欲、性欲。俺たちご飯ガチ勢が信仰しているのは食欲だ。ならば他の欲求、睡眠欲も性欲も必要ないのではないだろうか。
 俺はさっそく睡眠欲と性欲を食欲で殺す。眠くなったらご飯を食う、性交したくなったらご飯を食う。
 そうして気が付いたら俺は超人になっていた。眠らず、性交もせず、ひたすらにご飯を食らい続ける存在。
 奇跡だ、と信者たちは俺をさらに崇めた。
「ゴーガッチ・シッタタ、私たちを導いてください」
 いいだろう、お前たちご飯を食え! たくさん食え! 食欲以外の欲求から起こされる行動は全て汚らわしい行為だと思え!
 超人となった俺は教団本部のある山を飛び越え、川の水面を走り、街へと出る。
 教えを広めるために、食欲以外の欲求を呼び起こすもの全てを拳で破壊していく。この世界は要らないものだらけだ。
 
 教えに従おうとしない愚かな女が一人いた。俺はそいつの腕を食いちぎって、悟る。
 俺が生まれて初めて美味いと感じたものは、母乳だ。母乳は母の血で、つまりは人体の一部。
「ご飯ガチ勢たちよ、人を食らえ! 人の肉こそ最高の美味である! 食らって食らわれて教えを広めるのだ!」
 俺たちは街中の人間たちを食らった。食らった人間たちは皆、俺たちの教えを理解し、そして別の人間を食らいにいく。
 ご飯の悟りを開いた俺たちは、もう死ぬことはなかった。どんなに自分を食らわれてももう痛みは感じない。むしろ快楽ですらある。
 ご飯ガチ勢は広がり続けている。荒廃した街の道の真ん中に、壊れかけたテレビモニターが転がっている。
『ゾンビパニック』
 ノイズ混じりの汚い画面にその文字が表示されていた。